Crazy Learners

世界を変える人がいる。

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Here’s to the crazy ones.

The misfits. The rebels. The troublemakers.

The round pegs in the square holes.

The ones who see things differently.

They’re not fond of rules.

And they have no respect for the status quo.

You can quote them, disagree with them,

glorify or vilify them.

About the only thing you can’t do is ignore them.

Because they change things.

They push the human race forward.

While some may see them as the crazy ones,

we see genius.

Because the people who are crazy

enough to think they can change the world,

are the ones who do.

クレージーな人たちがいる。

反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。

四角い穴に丸い杭を打ち込むように

物事をまるで違う目で見る人たち。

彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。

彼らの言葉に心をうたれる人がいる。

反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。

しかし、彼らを無視することは誰にも出来ない。

なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。

彼らは人間を前進させた。

彼らはクレージーと言われるが

私たちは天才だと思う。

自分が世界を変えられると

本気で信じる人たちこそが、

本当に世界を変えているのだから。

“

理想と現実のギャップに若者は押しつぶされる。それが現実だ。でも、だからってこうした状況を嘆いても仕方ない。

一人ひとりが自分の身の回りで地道な行動を起こしていく以外に、この社会を変える道はないのだと僕は思う。だから、今すぐに上手くいかないとしても、自分なりのやり方で、すこしずつ、よりよく働けるようにしていきたい。そうした理想を思い描きながら学び続け、努力を重ねれば、すこしずつ実現できるのだと思う。

— 『学欲』 楽しく働くことを諦めない

Crazy Learners とは

何かを成し遂げるためには学び続けることが欠かせません。だから、何かを成し遂げた人の生涯に目を凝らしてみれば、学ぶことと生きることが深く結びついている様子が見えてくるでしょう。それを「教育」や「勉強」といった言葉で切り取ることはできません。学ぶことと生きることが結びついている様子は、その人の生涯を通じた「生き方」として現れているからです。

そのような「生き方」を日本語の中に探しても適当な言葉は見当たりません。おそらくは、そうした生き方が日本の歴史の中で俎上に載せられてこなかったからでしょう。だから私たちは外来語を借りて「Crazy Learners」という言葉を作りました。学ぶことと生きることを結びつけ、想像を絶する学習を継続することによって何かを成し遂げる一生を送った人たち。「クレイジー」という言葉には、そうした先人たちへの敬意も込められています。

しかし私たちは、一方で、そのような生き方を本当に「クレイジー」と呼ぶべきかについての疑いを抱いてもいます。

むしろ、そうした生き方を「クレイジー」と考えている方が、人類史的な視点から眺めたときには「おかしい」のではないか。回っているのは天空ではなく大地なのだと喝破した中世の天文学者が異端審問で裁かれたように、彼らが「クレイジー」に見えるのは、時代の一歩先を行く物の見方をしているからに過ぎないのではないか。それを、このように言い換えることもできるでしょう。彼らの生き方は「クレイジー」なのではなく、視点を変えてみれば、人の生き方のひとつの理想形に見えてくるのではないだろうか、と。

「クレイジー」と呼ばれる人の中には、己の直感を信じ、猛烈な独学によって時代を何歩も先駆けるビジョンを掴みとり、その実現へと骨身を、時には命すらも惜しまなかった人々がいます。ささやかな仮説から実際に世界を変えた彼らは、私たちのロールモデルです。いつの日にか、彼らに「クレイジー」などという形容詞を付さなくて済む時代が訪れることを信じて、私たちは「学ぶことと生きることが深く結びついた生き方」についての研究と教育を行っていきます。

私たち「Crazy Learners」は、この活動を通して、これまで「クレイジー」と思われてきた生き方や物の見方が、水を飲むように、あるいは、子どもが「読み書き算盤」を身につけるように、誰もが当たり前に得られるようになることを目指しています。

“

個人のイノベーションという観点から言えば、実はこの五十年間で最も大きな変化は、教育のレベルにおいて現れました。かつては学校教育の修了時が学習の終了時であり、学業を修めた者は学校と縁がなくなるというのが常識でした。ところが現在では、学校教育の終了時こそ、真の意味での学習の開始時期を指し示しているのです。


主宰者より

どうも、馬場祐平です。

僕なんぞがドラッカーを引用するまでもなく、「教育」や「学習」が根本的な変化を遂げているのは誰もが感じている。でも、それが具体的にどのような変化で、どう対応すべきかをわかっている人はいるのだろうか。僕は、分かったような顔で語る人を見るたび、疑わしく思ってきた。

2013年の後半、ASEAN全10ヶ国を巡る旅の途中、僕はミャンマーという国に立ち寄り、一ヶ月ほど滞在した。上澄みを掬い取るような旅でしかないが、それでも学ぶことは多かった。

ミャンマーは、かつてはアジアで有数の繁栄した国だった。が、その後の独裁政権と長引く内戦とによって国民の生活は荒廃を極めていく。その結果、ミャンマーは国連により「最貧国」と指定されるまでに至った。しかし、近年、アウン・サン・スー・チーを中心に民主化が進められ、大きな変化を遂げている。そのことはテレビや新聞を通して多くの日本人が知るところである。

とりわけ経済の変化は著しい。投資家の「最後のフロンティア」として世界中の注目を集めた結果、地価は跳ね上がり、現地には土地成金のごとき富裕層が出現した。僕が見たところ、このチャンスを逃すまいと、日本からも官民を問わず大勢の人々が押しかけている。一方で、ミャンマーの庶民は今のところその恩恵をほとんど受けていない。ミャンマーのにぎやかな中心都市、ヤンゴンを貫く川の向こう岸に渡れば、原始的な生活を送っている庶民の暮らしぶりを垣間見ることができる(こんな感じ)。

ミャンマーの人々に何が必要かといえば、教育だろう。アウン・サン・スー・チーもそう語っていた。それも、僕が思うに、ミャンマーの人々に必要なのは、いま日本では批難されてばかりの基本的な教育だ。僕の知る限り、我が国の教育は戦後すぐの頃から一貫して批判のやり玉に挙げられてきた。日本の教育が、日本人によって手放しで賞賛された時代が果たしてあっただろうか?

彼の地に移り住んで二十年になる日本人の年配の方に話を聞く機会があった。彼によれば、ミャンマーにも義務教育はあり、学校もそこそこ整備されているのだが、親が学校に行かせようとしないのだそうだ。親自身が学校に通っていないことが多く、学校に行くことの意味や価値をわかっていない。加えて、独裁者に都合のいいように制度が幾度も改変されてきたことで、教育に対して不信や嫌悪感を抱く人が少なくないのだという。

僕のように、はじめて日本を長期的に離れた日本人が感じるのは、自分が生まれ育った時代や場所がどれほど恵まれていたのかという驚きだ。ひいては、自分がどれだけ豊かな可能性を持っているのかに思いが及ぶ。自然と、もっと頑張らなきゃな、という気持ちがこみ上げてくる。世界には学校に通うことすらできない人が未だたくさんいるのだ。それに比べたら、日本人の僕は……。

意欲と、インターネットと、パスポートがあれば、今どきの日本人は、世界のあらゆる場所で、どんなことにでも挑戦できる。端的に言って、僕らは自由なのだ。もちろん、その自由を活かすための努力は欠かせないにせよ、それを楽しむマインドを持っている人にとって、努力は苦労ではなく喜びである。

「最後のフロンティア」と呼ばれるミャンマーは未来への希望に沸いている。その活気を、僕は羨ましく感じることもある。でも、すこし落ち着いて考えてみれば、それは日本という国でも過去に起こったことであり、若者が思春期を経験するように、若い国が必ず辿る通過点に過ぎない。だとすれば、そのような時期をすでに経た日本の進路は、どのようなものなのだろう? つまり、成熟した国家としての姿は、ひいては、その一員である僕や、僕よりも若い人たちの生き方は、どのようなものなのだろう? 二十代の終わりに旅をしている間じゅう、僕はそのような自問自答を繰り返していた。

ミャンマーに必要なものが日本的な教育だとすれば、いま変化を遂げている日本に必要なものはなんだろうか。最初に述べた通り、そういうことをしたり顔で語る人のことを僕は信用できない。それでも、仮説を立てないわけにはいかない。なぜなら、それが未来を真摯に考えるということだから。人類は、仮説の構築と、実験による検証を繰り返すことで、ここまで進んできたのだ。その末裔の一人として、僭越ながら、胸に一抹の不安を抱きながら、僕も旗印としての仮説を掲げることにした。

これからの日本に必要なのはCrazy Learnersだ。

「Crazy Learnersとは何か」という問いに答えるのは難しい。というのも、Crazy Learnersの活動が、実践を通してこの問いに答えようとするものだからだ。Crazy Learnersは仮説であり、プラトンが言うところの「イデア」のようなものだ。それを目で見ることはできないし、これだと具体的に言い表すこともできない。せいぜいできるのは「こういう生き方はCrazy Learnersなのではないか」と感じることであり、その生き方をロールモデルとして参考にするくらいのものだ。

それでも、それを一言で表現するとすれば、いまの僕はこのように答える。それは「自由を楽しむための強さを持つ人だ」と。

Crazy Learnersはそうした「強さ」を身につけるために何が必要なのかを考え、一人ひとりが自らの人生に活かしていくムーブメントでありたい。一人ひとりの生き方が違うように、Crazy Learnersの現れ方は人の数だけあるし、こうすればCrazy Leanersになれるという一律の方法はありえない(それじゃロボット製作だ)。でも、Crazy Learnersという仮説を信じて、そのための「強さ」を身につけて生きようと懸命に努力して歩む一筋の道は、そこに確かにある。そして、その道を歩むためのヒントのようなものなら、今の僕には示すことができるような気がする。

「自由を楽しむための強さ」を失った時、無力感から人の心には怨嗟が生まれる。それがどのような惨禍を招くことになったのかを、僕らの父祖はいやというほど味わったのではなかったか。彼らが表舞台から去りつつある現在、この国は今またそうした惨禍を招くか否かの岐路に立っているようにすら感じられる。僕らにできるのはなにか。一人ひとりが己に負けないこと。それだけではないだろうか。なぜ自分が自分であるのかの不思議は、誰にも解くことができない。でも、この時代、この場所に生まれた自分の運命を引き受け、そこに現れる物語の役柄を誠実に演じ抜こうとすることなら、自分の意志で成しうる。それが己に負けずに生きることであり、畢竟、自由に生きることでもあるのではないだろうか。

十代の終わりに「早稲田への道」という文章をインターネット上に書いた時から、僕の心には「己に打ち克て」という言葉が宿っていた。それ以降、自分の声や文章を通して、たくさんの人に幾度となく語りながら、おそらく僕は、その言葉を自分に言い聞かせてきた。そのおかげで、今の僕がある。それを三十歳になって再び言わんとすると、このような形を取ることになった。あの頃、こんなことをしているなんて想像できなかった。そう、よくも悪くも、想像できないことが人生には起こり続ける。時にはしんどいこともあるさ。でも、波瀾万丈があるからこそ物語がおもしろいように、未来がわからないからこそ生きる意味も感じられるんだ。

人生は不条理だ。世界はどうしようもなく悲惨だ。でも、そんなことをいちいち言挙げしていてもつまらない。それよりも、そんな不条理で悲惨な人生や世界においても、楽しく生きていくための一歩を踏み出した方が、よっぽどおもしろい。その一歩は、ささやかなものでいい。だって、どんな天才の一生も、波乱万丈な人生でも、毎日の生活に目を凝らしてみれば、ささやかなことの積み重ねでしょう? 世界が変わるのは、いつだって、いつだって、いつだって、自分が世界を変えられると本気で信じた人が、具体的でささやかな一歩を踏み出した時にはじまっているのだ。

2014年3月Crazy Learners 主宰者馬場 祐平

馬場祐平 プロフィール

馬場祐平
  • 1983年12月生まれ。
  • (私立)中学中退、(公立)高校中退の後、大検を経て、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
  • 在学中、「早稲田への道」と題した一連の文章を2ちゃんねるに投稿。
  • 2007年、大学四年次末にオンラインの私塾「道塾」を開く(2011年「道伴舎」へ名称変更)。
  • 2013年3月、道伴舎(旧・道塾)を閉塾。延べ1000名超が在籍。
  • 2014年3月、「Crazy Learners」をはじめる。
  • 2015年4月より、センセイプレイス株式会社の共同創業者兼CTOを務める傍ら、東京大学大学院教育学研究科修士課程に在籍し、教育研究を行う。
  • 著書 『受験はゲーム』(2009) 『学欲』(2012) 『独学宣言』(2013)
  • 現行ブログ『30ruby記』
  • メインブログ『午後2時のビール』

※ プロフィールは2015年当時のものです。

これまでの歩み

Crazy Learners は2014年3月にはじまりました。ここに、これまでの活動を記録として残します。

  1. 2007年
    オンラインの私塾「道塾」を開く

    2011年に「道伴舎」へ名称変更

  2. 2013年3月
    道伴舎(旧・道塾)を閉塾

    延べ1000名超が在籍

  3. 2013年後半
    ASEAN全10ヶ国を巡る旅

    ミャンマーに一ヶ月ほど滞在し、「主宰者より」の文章が生まれる

  4. 2014年3月
    Crazy Learners をはじめる

    主宰者メッセージ「これからの日本に必要なのはCrazy Learnersだ」

  5. 2014年3月
    連載「Road for Underdogs(R4U) 生き延びるための受験戦略。」をはじめる
  6. 2014年4月
    CLゼミ 第一期

    大学受験を通じて「Crazy Learning」を指導するオンライン私塾。約15名が志願し、3名を受け入れて指導

  7. 2015年4月
    CLゼミ 第二期

    春季・夏季・秋季の3ターム制

  8. 2015年4月
    Crazy Learners 研究会 第一期

    「学ぶことと生きることが深く結びついた生き方」を探る輪読会。課題図書は梅田望夫『ウェブ時代をゆく』『ウェブ時代5つの定理』

※ CLゼミ・研究会の募集は、現在は行っていません。

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Crazy Learners 本部

神奈川県横浜市都筑区荏田南
「都筑ふれあいの丘」駅 徒歩5分

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